小笠原氏の歴史 甲斐源氏

小笠原氏の歴史 甲斐源氏

小笠原氏は、甲斐源氏の流れをくむ氏族であり、その発祥の地は、甲斐国、現在の山梨県です。

甲斐源氏のはじまり

甲斐源氏は、清和源氏の流れをくむ源義家の弟 義光(新羅三郎義光)を祖としています。

源義光(新羅三郎義光)は、甲斐国守護を務めており、その子と孫の義清・清光父子が、大治五年(1130年)に常陸国(茨城県)から甲斐国(山梨県)に移り、まず本拠としたのが市河荘(甲府市の南)とされ、その後、逸見(北杜市)に移ります。

清光は、子供に恵まれ、信義(武田太郎)をはじめ遠光(加賀美遠光)、義定(安田三郎)達を甲斐の国内に配し、甲斐源氏発展の基礎を築きます。



清光の長男 信義(武田太郎)は、神山町武田(韮崎市)の地を本拠とし武田氏を名乗り、甲斐源氏の惣領的地位に立ち、その子孫は、戦国時代の信虎、晴信(信玄)、勝頼の盛時を迎えます。

清光の三男 遠光(加賀美遠光)は、加賀美(南アルプス市)の地を本拠とし加賀美氏を名乗ります。 遠光も子供に恵まれ、特に次男長清(加賀美次郎)が後に小笠原氏を名乗り、後世まで繁栄します。

この様に清光の子 武田一族は甲府盆地西北部を中心に、加賀美一族は盆地西南部を中心に、安田一族は盆地北部を中心に勢力拡大し甲斐源氏の基盤を築いていきます。

※清和源氏とは、第56代 清和天皇(在位858~876年)の皇子・諸王を祖とする源氏氏族です。その第六皇子貞純親王の子 経基王(六孫王、のちの源経基)の子孫が源頼朝や甲斐源氏の流れになります。

※甲斐源氏とは、甲斐国(山梨県)に土着した清和源氏の河内源氏系の一族で、 源義光を祖とし、甲斐を発祥とする諸氏族の総称です。