流鏑馬

約900年前の流鏑馬は、弓術にすぐれた侍(さむらい)で朝廷の警護にあたった武士などが射手となったもので、公卿(くげ)の催しとして、 また朝廷の行事の中で、騎馬で馬を走らせて的を射る「騎射」として、 平安時代から盛んに行われていました。

流鏑馬は、「矢伏射馬(やふせいうま)」あるいは「やばせうま」と言い、 また「ながれるかぶら」と書くのは「鏑(かぶら)」を飛ばすことで、 馬を馳(は)せながら「鏑」を射る意味を文字としたと伝えられています。

■鏑矢(かぶらや)
鏑矢(かぶらや)

小笠原流 - 弓馬礼法

日本の代表的な流鏑馬の流派には、小笠原流と武田流があります。
小笠原流流鏑馬
小笠原流の弓馬礼法は、鎌倉時代の「源 頼朝」の弓馬礼法の師範であった「小笠原長清」を祖とし、 連綿と続き旧小倉藩主である小笠原惣領家に受け継がれ現在に至っています。

弓馬礼法の礼法は、「小笠原流礼法」として小笠原惣領家により継承されています。

また弓馬術は、「小笠原流流鏑馬」として「源 長統(ながむね)」が継承しています。

流鏑馬宗家 源 長統-流鏑馬武徳会

小笠原惣領家に伝わる小笠原流弓馬術は、小笠原惣領家第三十二代当主(旧小倉藩主)から源氏の流れを汲む「源 長統(みなもとのながむね)」に継承されました。
源 長統は、当乗馬クラブピントのオーナーです。

■小笠原流弓馬術 免許皆伝書
小笠原流 流鏑馬  宗家 源 長統

源 長統は、小笠原流流鏑馬 宗家として小笠原惣領家に伝わる弓馬術を継承し、後世へ伝えるべく継承活動を行っています。

「流鏑馬 武徳会」は、宗家 源 長統をはじめ武徳会一門とともに伝統文化である小笠原流流鏑馬を伝承し、射手育成など継承活動に努めています。


流鏑馬 武徳会

流鏑馬武徳会は、旧豊前 小倉藩 相傳の流鏑馬を継承し 後世へ伝えるべく活動している。


日本を代表する武家の習い

馬が疾走する。
馬上狩装束を身にまとい、 弓を引き絞り的に向かって矢を放つ。
流鏑馬は直線距離で250mほどの馬場に3ケ所の的を備え、 馬を走らせながら次々と矢を射っていく競技。
弓術と馬術の魅力を併せ持った武術で 古来から武家の習い事として鍛錬に励んでいた。


静と動が調和する流鏑馬

武術は、礼に始まり礼に終わる。
流鏑馬の勇壮さを支えるものは、 技術はもちろん、精神的にも日々鍛え上げること。
というのも流鏑馬は相反するこの動きを、 いかに調和させるかが重要なのだ。

弓術は矢の走る鋭さとは対照的に所作は『静の動き』、 一方馬術は生きている馬の動きを最大限に引き出しつつ制御する、 いわば『動の動き』である。

『静』と『動』の調和こそ流鏑馬の魅力である。


小笠原流 流鏑馬  宗家 源 長統

旧豊前 小倉藩 相傳
小笠原流 流鏑馬
宗家 源 長統
 


■流鏑馬武徳会 年間行事
 4月上旬 福岡県柳川市、三柱神社
 5月上旬 山梨県南アルプス市 小笠原
10月上旬 福岡県飯塚市 綱分八幡宮
 ※綱分八幡宮の奉納:隔年(西暦奇数年)